環境を比べてしまうのはなぜ?羨ましい気持ちの正体

思考の整理

どうしても他の人の環境がうらやましく見えてしまうとき

仕事にプライベートに、ライフステージが大きく変わる30代。

ふと周りを見渡して「みんなはあんなに満たされているのに、どうして私は……」と、人と比べて疲れる瞬間が増えていませんか?

私は以前、仕事を離れる経験をしましたが、私の心は、自分でも驚くほど激しく揺れ動きました。

順調にキャリアを伸ばしていく職場の同僚。
子育てに奔走しながらも幸せそうな友人。
結婚や出産を経て、新しいステージで生き生きと輝く取引先の方々。

周りの時計は着実に進んでいるのに、私だけが立ち止まり、手の中に「何もない」ような感覚。
「30代にもなって、未だに周りと比べて疲れてしまう……」そんな焦燥感に飲み込まれそうになる夜がありました。

でも、ふと振り返ってみると、私は過去にも同じような「隣の芝生」に目を奪われていた時期があったのです。


留学先で、同じ学校に通う友達の話を聞いていたときのことです。

「週末はホストファミリーと旅行に行ったよ」
「昨日はみんなで映画を観に行ったんだ」

そんな話を聞くたびに、私は少しだけ胸がざわついていました。

私のホストファミリーは、とても忙しそうでした。
休日もそれぞれ予定があり、みんなで出かけるという機会はあまりありませんでした。

もちろん、何か嫌なことがあったわけではありません。
でも、どこかで比べてしまう。

「いいな」
「ハズレのホストファミリーを当てられたかな」

そう思ってしまう自分が、少し情けなく感じることもありました。

ホストファミリーは、生まれたときからの家族ではない。
縁があって出会った、“選ばれた家族”。
だからこそ私は、無意識に「うまくいかなかった」と環境の責任にしていたのかもしれません。
正解の家族、当たりの環境。そんなものを探していた気もします。

そして最近、社会人になってもなお、正解の会社や、当たりの職場を探しているのではないかとふと気づきました。

人と比べてしまうのは、どんな気持ちのあらわれなのか

今考えると「羨ましい」と感じるとき、
それは単なる嫉妬ではなく、
“自分も大切にされたい”という願いのあらわれだったのかもしれません。

新しい国、新しい言葉、新しい生活。
慣れない毎日の中で、心は思っている以上に緊張していました。

だからこそ、誰かが楽しそうにしている姿を見ると、
その安心感がまぶしく見える。

でも、私が見ていたのはきっと、その人の生活の一部だけだと思うのです。

旅行の話は聞くけれど、平日の忙しさや、家族それぞれの事情までは見えていません。

見えている“ハイライト”だけで、その人の毎日すべてを想像してしまっていたのかもしれません。

比べることをやめたときに見えてくるもの

ある日、ふと気づいたことがありました。

忙しい中でも、ホストマザーは時間を見つけて「学校はどうだった?」と話しかけてくれていました。

誕生日でもないのに、私の名前が刻印された小さなメモ帳をプレゼントしてくれたこともありました。

派手なイベントはないけれど、
そこには確かに、私を思う気持ちがありました。

私は、他の家族の“目に見える楽しさ”と、
自分の家族の“静かな優しさ”を比べていたのかもしれません。

でも比べなくてもよかった。

それぞれの家族に、それぞれの形がある。
充実のかたちは、ひとつではない。

他の人の環境をうらやましく思ってしまうのは、
決して悪いことではありません。

ただ、その気持ちに気づいたあと、
「私のまわりにも何があるだろう」と
少しだけ視点を戻してみる。

それだけで、景色はやわらかく変わっていくのだと思いました。

環境を比べてしまう自分を責めなくていい。
その中で見つけた小さな優しさを、
自分の物語として受け取れたら、それで十分なのかもしれません。

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作:鈴木 のりたけ
出版社:アリス館

あらすじ

自分には特別な長所がないと思っている男の子が主人公の絵本です。

サイの立派な皮をうらやましく思うと、サイは「とんでもない」と答え、自分の悩みを語り始めます。
その後もウサギやキリンなどさまざまな動物が登場し、他者が持っている特徴や能力の裏には、それぞれ悩みや苦労があることがコミカルに描かれます。

他人と自分を比べることの無意味さや、それぞれに価値があることに気づかせてくれる一冊です。

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